元国立研究開発法人産業技術総合研究所生命工学領域主任研究員
河田 悦和 農学博士
当時バイオリファイナリーを作る研究
当時私は産業技術総合研究所に勤めていて、微細藻類のスピルリナを使って、バイオリファイナリー(バイオ化学品)を作るという研究に携わっていました。対象はバイオプラスチックPHB(ポリヒドロ酪酸/生分解性プラスチック)でしたが、なかなか生産効率が上がらない。そこで、光合成だけでなく、新たに炭素源として酢酸ナトリウムを入れ生育を試みました。
すると、緑色であった培養液が、コンタミ菌(実験汚染菌)の影響で、真っ白になりました。PHBの含有率は、1%以下だったものが、70%以上と高い含有量を示したのです。屋外培養するスピルリナの製造工程から考えて、こんな菌が潜んでいるとは夢にも思いません。分離、分析から、この菌をハロモナス属と同定し、Halomonas sp. KM-1 株と命名しました、2007年の話です。
ないはずのものが見えた瞬間
当時注目されていたバイオディーゼル副生グリセロールを、この菌は利用できることから研究費を得て、より効率的なPHB製造への端緒は整いました。しかし、アカデミアから社会実装を進めるには、障壁がありました。PHBでは事業優位性が乏しく、研究の投資価値がない問題です。
できることをやりつくし、諦めかけて休暇、休み明け廃棄予定のフラスコを振ったところ、菌は元気そうに見えました。そこで、ダメ元で、分析した上清に、菌体内のPHBのピークが出現します、ないはずのものが見えた瞬間です。微好気条件で、菌体内でポリマーPHBが分解し、モノマー3HB(3-ヒドロキシ酪酸)が生成、菌体外に分泌され、検出されました。その後、新たな研究協力、資金を得て、3HBの製造プロセスが発展していきました。しかし、3HBは化学分野のポリマー原料としてはコストが高く、またも研究継続の危機に瀕します。
3HBとD-BHB
さらに、あらたな偶然により研究継続の道が開けました。それは化学分野の3HBは、医療分野のD-BHB(D-β-ヒドロキシ酪酸=ケトン体)と同じものだったということ。結果、対象を化学分野のポリマー原料3HBではなく、食品・医療分野のD-BHBとすることにより、事業可能性が見出されました。
天然由来ケトン体を世に送り出した3つの幸運運な偶然(セレンディピティ)
河田 悦和 (かわた よしかず)
農学博士
元国立研究開発法人産業技術総合研究所生命工学領域主任研究員
1985年 京都大学農学部食品工学科 卒業
1987年 京都大学大学院農学専攻修士課程修了
2006年 京都大学博士(農学)
1987年 不二製油入社
1989年 工業技術院大阪工業技術試験所入所
名称変更等により、
2022年 国立研究開発法人産業技術総合研究所 定年退職
その間、2003-2004年 内閣府総合科学技術会議事務局勤務
栄養書庫発行 : 『Nutrient Library-36 天然由来ケトン体の秘密』より